大学卒業後、看護師として病院に勤務していた吾妻知美教授。
医療現場での濃密な経験を経て、2024年に大阪成蹊大学看護学部の学部長に就任しました。
若手看護師の離職問題や、チーム医療におけるコミュニケーションなど課題に向き合い、臨床看護師に対する研修活動も積極的に実施。
その背景には、「人々の生涯の健康に貢献する」専門職に誇りを持ち、看護師が継続的に働き続けられる環境を整えたい、という強い想いがあります。
今回は、看護師としての原点から、研究?教育への思い、そして大阪成蹊大学看護学部での学びの特徴についてお話を伺いました。
これまでの経歴を教えてください。
短期大学で看護を学び、卒業後12年ほど看護師として病院に勤めていました。新卒で就職した口腔外科病棟は、口腔内のがんの患者様が多く来られるところです。がん手術後、口での食事や呼吸、スムーズなコミュニケーションが難しくなる、顔が変形するといった後遺症などに、深い苦しみを抱える方もいらっしゃいました。
当時の私にはできることは多くなく、患者様の話を聞いて過ごし、痛みを伴う処置のときには手を握り続けることしかできませんでした。手立てのない患者様の状況に対して、医師?病棟看護師?外来看護師、チーム一丸となって、治療方針や看護方針を定め、ときにはお互いの辛さを共有しながら対応にあたっていました。そのような環境で過ごした経験が、私の今の看護観につながっています。
数年後、一般外科病棟に異動したのですが、これまでの経験から、療養中に起こるリスクや変化などが分かるようになり、その時々の病状に合わせた回復や予防に対するアドバイスもできるようになりました。私が言った通りになるので、患者様には「占い師のよう」と驚かれることもありました。
患者様に喜ばれる機会が増え、役に立てている実感が持てるようになると、看護の仕事がより楽しくなりました。そう感じられるようになったのは働き始めてから10年が経過していました。日々看護にあたらせていただいたことを、ただの出来事として過ごすのではなく、どうして上手くいったのか、どうして失敗したのか、振り返りながら経験から体に身に付いた実践的知識へと転換できたことで、得られたものだと思います。
また、そのころ感じていたのは、口腔ケアの大切さです。外科病棟では、看護師が特に気にするには、術後の経過や創部の状況で、口内の菌の増殖や、一つ間違うと肺炎につながる口腔ケアへの関心が薄かったと感じていました。
すべての看護師に、口腔ケアの重要性を広く伝えるためには、どうしたら良いのか考えていたころ、北海道医療大学に看護福祉学部が開設され、社会人の編入ができることを知りました。職場を退職し大学へ行き、2年間の学生生活を経て、当時教えていただいていた基礎看護学教授の方の影響により、教員の道へ進むことになりました。
看護教員としては、口腔ケアの重要性と看護の醍醐味や素晴らしさを伝え、より良い看護(質の高い看護)を提供できることを目指していきたいと考えています。
より良い看護(質の高い看護)のために、どのようなことをされていますか?
まず一つに、患者様にとっての最善を考えられる「倫理観」を育むことを重視しています。知識と技術を身に着け、どれだけ高度な医療を提供できても、それが患者様の望まないことであれば、「質の高い看護」とはいえません。求めているものかどうかを考えるための判断基準となるのが「倫理観」だと思っています。
またこれからの看護を担う、若手看護師の離職率を低下させることも目指しています。2023年の新卒看護師の離職率は10.2%と報告されています。新卒看護師の離職率はさまざまな取り組みにより、2011年には7.5%まで低下しました。しかし2021年には新型コロナウイルス感染症の影響もあり、2005年以降で初めて10%を超え、その後高止まりが続いている状況です。
私が臨床現場で感じたような看護の楽しさ、素晴らしさを知るためには、1、2年で退職するのはもったいないと思っています。長く続けてもらえるように、新卒看護師を直接指導する実地指導者への研修や、臨床現場の看護の質を決める中核となる中堅看護師のためのキャリアアップ研修なども行なっています。
新人看護師は、どのような理由で退職されることが多いのですか?
ある調査によると、看護管理者が考える新人看護師の退職理由は、健康上の理由(精神的疾患)、自分の看護職員としての適性の不安、自分の看護実践能力への不安、といった理由が4割を超えています。
解決のためには「自己犠牲ではない看護」の周知が必要かと思います。看護師は患者様のためになら、時間を問わず自分を労わらず、尽くすことが美徳と考えられることもありました。もちろん看護は素晴らしいものです。ただ、自分が我慢していては看護を長く継続することはできません。だから、我慢せずに働ける環境づくりが必要となるのです。
環境を変える働きかけのためには、言葉によるやりとりが必要となります。そのなかで私はアサーティブ?コミュニケーションの必要性に注目し、研究してきました。アサーティブ?コミュニケーションとは、「相手を不愉快にさせることなく、自分の気持ちを表現し、折り合いをつけ、問題解決に向け自己主張をする」こと。
私たちの行動パターンは、「攻撃的」「消極的」「アサーティブ」の行動パターンに分けられますが、就職1年後の看護師を対象に研究すると、「攻撃的」でも「消極的」でもバーンアウトしやすいことが分かってきました。
自らの考えや悩みを上司などに伝えられなければ、苦しい状況に追い込まれますし、誤解を生むような表現で伝えてしまうと、孤立に繋がってしまいます。アサーティブな(自分も相手も大切にした)自己表現をすることで、自分の行動を後悔したり、気にして落ち込んだりすることから自由になれると考えています。
「チーム医療」の重要性もお伝えされているとお聞きしました。
チームでの仕事の成果?生産性は個々人での仕事と大きな違いはありませんが、他者とのつながりや自分の貢献が大きく感じられたりと心理的効果が大きいといわれています。私自身の体験からも、難しい臨床現場で働き続けられたのはチームでの一体感のおかげと実感しています。
また、チーム医療の効果は患者様にもプラスとなるものです。例えば、リハビリが順調に進んでいない患者様がいたときに、理学療法士が一人で悩むのではなく、病棟の看護師、ドクターなどと話し合いをすると、別角度からの見方ができて新しい方法を見つけることができるはずです。
些細なことであっても気になったことを話し合うことは、働く方にとっては一体感や仕事の達成感?やりがいに、患者様にとっては効果的な医療サービスにつながっていき、そして「質の高い医療」にも、つながっていきます。
このチーム医療を円滑に行うためにも、アサーティブ?コミュニケーションは大きな役割を果たしていきます。
大阪成蹊大学看護学部には、どのような特徴がありますか?
本学の建学の精神である「桃李不言下自成蹊」。すなわち、徳があり尊敬される人を育てるという教育方針のもと、人に夢や感動を与え、人を幸せにする人、広い知識と卓越した能力を持ち、地域社会や組織のために尽くす「人間力」の育成は看護学部の教育理念にもなっています。看護師にとって、このような倫理観を含む人間力は看護実践の中核であり、人間力の育成はこれからの看護教育にとっても非常に重要な概念です。授業時間のみならず、大学全体で人格形成を目指すところは本学ならではと思っています。
人格?倫理観は行動によって成長しますし、行動する人を知る、行動することで成長する人を知ることで、育まれるものです。教員や臨地実習で関わる看護師の方と、実践を通して関わることは、大きな成長につながります。そのため本学では「実践的な授業」に重きを置いています。1年次から講義?演習を通して看護に必要な理論と知識、技術を系統的?段階的に学習。進捗に応じて段階的に実践能力を高めています。
加えて、全学で展開する「大阪成蹊学園LCD教育プログラム」も大きな特徴です。知識を活用して課題を解決する力である「Literacy(リテラシー)」、自分を取り巻く環境に実践的に対処する力である「Competency(コンピテンシー)」、徳?品格?品性を表す「Dignity(ディグニティ)」を養うことは、人間力の形成にもつながります。これらを授業や実習、日常生活を通して育んでいます。
また、他学部との連携も本学ならではの特徴だと思います。同じキャンパス内にはデータサイエンス学部がありますが、その研究を看護に生かすこともできると思います。私は現在、データサイエンス学部の先生方との共同研究で、病室内の空気の流れをデータサイエンスの力で可視化することで、病室の匂いや菌の繁殖の仕方のエビデンスを得るという研究に取り組んでいます。経験則だけでない知識として理解することができ、より良い看護につながっていくはずです。
これからのビジョンと、医療?看護の分野に興味をもつ学生にメッセージをお願いします。
看護学部が開設し、2025年現在で3年目。一期生があと1年で旅立っていきます。大阪成蹊大学に入学して良かったと心から思っていただけるように、教育システムや卒業後のキャリア開発ができるような環境を整えたいと考えています。大学の教職員が一丸となり、看護専門職としてのプロフェッシナルを排出していきたいと思います。
ぜひ、人間に関心がある人(自分に関心がある人)、自分を成長させたい人(ときどきおせっかいしてしまう人)、社会情勢に関心のある人(日本の未来を変えたい人)。大阪成蹊大学看護学部で一緒に学びましょう。