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OSAKA SEIKEI PRESS

最短ルートで最適解を見つけ出す!
ものづくりの現場を変えるシミュレーション技術「CAE」×「データサイエンス」とは?

大阪成蹊大学 データサイエンス学部 教授劉 継紅

ものづくり大国ニッポン。これまで製品開発の過程では、膨大な試作?試験の繰り返しや「経験とカン」に頼った試行錯誤が行われてきました。
しかし、CAEによるシミュレーション技術とデータサイエンスを活用することで、大幅に時間やコストを削減し、スピーディに最適解にたどり着くことができるといいます。

そもそもCAEとは何なのか?どんなメリットを生み出すのか?CAE分野の第一線で活躍する劉教授にお話を伺いました。

そもそもCAEとはどのようなものでしょうか?

簡単に言うとCAE(Computer Aided Engineering)はコンピュータ上のバーチャルの世界で物理法則に基づいて様々なシミュレーションが行える技術のことです。

例えば、ものづくりの現場では何か新しい製品を設計?開発する時、試作品を製作してその良し悪しを判断する検証試験を行います。
もし試験段階で不具合が生じれば、設計の工程に戻って修正し、また試作品を作るという流れを繰り返します。設計や試作、試験を繰り返せばそれだけ時間やコストがかかりますよね。

しかし、この工程を全てコンピュータ上のシミュレーションで行えば、開発期間を大幅に短縮でき、費用も抑えることができます。

また、地震や台風といった実際の試験では再現できない特殊な環境でのシミュレーションもコンピュータ上でできてしまいますし、今まで目に見えなかった現象やリスクなんかも可視化することができるんです。

最近のわかりやすい例では、みなさんも一度は目にしたことがある、コロナ禍で飛沫がどれぐらい飛ぶかというシミュレーション映像がありました。スーパーコンピュータ「富岳」を使って計算したものですが、あれも一種のCAEです。
CAEはものづくりの分野だけでなく、サービス社会現象などあらゆる分野で活用されています。

ものづくりの現場でのCAEの具体的な活用事例と、それによりどんなメリットが生まれたのかを教えてください。

これまでの私の研究で言うと、前職の企業で行った空調機の落下衝撃シミュレーションに関する事例があります。
家庭用空調機といった空調製品は、発泡スチロールの緩衝材に詰めて出荷します。ある程度の衝撃が加わっても中の製品が守られるよう、まず先に製品を完成させて、緩衝材は製品のかたちにぴったりフィットさせつつ設計しますが、落下試験で不具合が発生する場合、緩衝材を分厚く大きく増やすことが一般的に行われていました。

一方で、環境問題の観点から発泡スチロールをできるだけ使わないようにしたいという流れもあります。そこで、私たちはCAEの技術を活用することにしました。緩衝材を含めて空調製品の外側から中の部品まで丸ごと全部コンピュータ上でモデル化して、バーチャルで落下シミュレーションを行うんです。

今までは実際の製品を使って何度も落下試験を行なっていたのですが、落下はほんの一瞬の出来事なので、どこにどういう現象が起こったのかがわかりにくい面がありました。
しかし、CAEなら落下する時の状況をコンピュータ上で詳しく見ることができ、どの部品がどのようにダメになったのかが一目瞭然になります。

例えば、空調機の底フレームが壊れやすいことがわかったら、そこにリブを追加して強度を高めることができます。製品の耐衝撃性を上げることで、今までのように緩衝材を分厚く大きくする必要はなくなりました。
これにより、発泡スチロールの使用量を24%削減、落下試験に費やしていた時間も従来の1/10に短縮することに成功しました。また、空調製品と緩衝材の設計を同時並行で行えるようになっただけでなく、あらゆる製品でこの技術を応用できるので、会社全体としての大幅なコストダウンにつながりました。


▲劉教授はこの研究で日本パッケージングコンテスト?ジャパンスター賞(経済産業省製造産業局長賞)を受賞

反対に、CAEの課題を挙げるとしたら何ですか?

CAEはとても便利な技術ですが、一方で課題があります。それは、とても難易度が高く、限られた人にしか使いこなせないという点です。
シミュレーションモデルを作るのに大変な時間がかかりますし、計算にも時間がかかります。結果を評価するにしても、きちんと物理現象を理解して分析できる専門家でなければ正確に運用することができません。

そこで、データサイエンスの出番なんです。

機械学習をはじめとするデータサイエンス技術とCAEでのシミュレーションを組み合わせれば、誰にでも簡単に扱えてスピーディに予測結果が導き出せる。そんなより良い技術へと生まれ変わらせることができるのです。
このように高度な技術を誰にでも使えるツールとして展開する方法をサロゲート(代理)モデルAIモデル)と呼んでいます。

CAEとデータサイエンスを組み合わせた事例にはどのようなものがありますか?

コロナ禍で換気に対する意識が高まったこともあり、室内の空気の「よどみ」を可視化するためのシミュレーション技術を開発しました。これは現在、客先に空調製品を導入してもらうための営業ツールとして活用されています。
使い方はとても簡単で、営業担当者が現場の室内をスマホで撮影し、数値を入力するだけ。わずか数秒で部屋のどの部分に空気が滞留しやすいのかがひと目でわかるシステムです。

本来のCAE技術なら、部屋の環境を調べてそれを一度社内に持ち帰り、コンピュータを使ってシミュレーションし、数時間かけて計算する必要がありました。今目の前にいるお客さんに製品を売り込みたいのに、とてもそんな時間をかけていられませんよね。

そこで、シミュレーションの入出力データを機械学習といったデータサイエンスの手法で学習し、シミュレーションと同様の予測を行うサロゲートモデル(AIモデル)を構築しました。つまり、CAEにデータサイエンスの技術を融合させることで、あっという間に答えが出せるようになるわけです。
しかも、営業担当者がスマホでパパッと出した予測結果と専門家が社内で長時間かけて導き出したCAEの結果、ほぼ同じ答えになるんですよ。サロゲートモデル(AIモデル)の精度がいかに高いかということがわかりますね。


▲(中)サロゲートモデルによる予測結果
(右)CAEが出した結果

これにより、最適な空調製品をその場で提案することができるので、商談成立の可能性がぐっと高くなりました。

CAEによるシミュレーションとサロゲートモデル(AIモデル)、それぞれの違いは?

まずはCAEによるシミュレーションについて、先ほどの空気の「よどみ」を参考にお話ししましょう。

物理現象を支配する方程式がありまして、今回の空気の流れだったり、例えば飛行機の翼の周りの流れや血液の流れなど、流体の運動は全てこの方程式で表すことができます。

しかしですね、この方程式は我々人間には難しすぎて、ごくごく簡単なケースを除いてしか解くことができないんです。

では、どうやって空気の流れを導き出すかというと、CAEつまりシミュレーション技術を使うんです。方程式を数値的に解くことで現象を予測したり、実験では得られない全体の詳細な状態を計算する。それがCAEの考え方なんです。
先ほどもお伝えしたように、CAEは高度な技術のため専門家でないと使いこなすことができず、予測結果を出すのに時間がかかるのが難点です。その代わり、きちんと手順を追って計算しているので、課題が見つかった時になんでそうなったのか細かい原因を特定することができます

一方、データサイエンスには方程式なんてありません。膨大なデータの中から共通点や法則性を見出して、そこから現象を予測する。つまり、コンピュータが学習をして、新たな入力に対して学習した結果に基づいて答えを返していく方法です。

メリットはなんと言っても即時性があり、誰にでも使いこなせる技術だということ。
その代わり、何が原因でそうなったのか?という途中経過を細かく分析できないので、結果だけしかわからない。また、学習させる内容によって予測結果が変わってくるという側面もあります。
それぞれの特徴を理解したうえで使い分けをすることが大事です。

教授のこれからの目標を教えてください。また、データサイエンスに興味を持つ高校生たちにメッセージをお願いします。

これまで、日本はものづくりに長けた国として世界から認められてきました。
しかしながら、最近では他国に押され気味になりつつあります。これからの時代、先人たちが築いてきた基盤を守りつつ、先進的なものづくりをしなければ豊かさを維持し続けるのはなかなか難しいかもしれません。

CAEはものづくりの手法を従来の試作?試験中心型から、データ駆動型に転換させていくうえで欠かせない基盤技術です。
一方で、CAEは運用面で非常にハードルが高いのも事実。そこにデータサイエンスの力を借りてハードルを下げることができれば、現場レベルでより多くの人に活用してもらえる技術になる。その道づくりを今後の研究テーマのひとつにしていきたいと考えています。

私自身、CAEを中心に長年ものづくりに携わってきた中で、たくさんの方々にサポートいただき、開発した多くのシミュレーション技術が製品に適用され世の中の役に立っており、特許出願や様々な賞を受賞することができました。
だからこそこれからは、日本のものづくりの強みを維持し発展させていくためにも、これまで多くの方々に教えられた製品開発に活かすための研究の進め方、幅広い知識、徹底した探求心、自ら蓄積してきた知見やノウハウを余すところなく学生のみなさんに伝えていきたいと思っています。

具体的にデータサイエンスとは何なのか、大量のデータから価値ある情報や有益な知見、洞察を見つけ出し、それをビジネスや社会、科学の課題解決に活用すると説明される以外に、なかなかはっきりした定義はありません。
しかし、現実に私たちはデータに囲まれて日常生活を送っています。特にものづくりの分野において、膨大なデータをどうやって活用していくかということが非常に大きな課題になっています。

データサイエンスはもちろん、CAE技術に興味を持った高校生の方は、ぜひ大阪成蹊大学に来てください。

PROFILE

【PROFILE】
劉 継紅 Liu Jihong
九州大学大学院工学研究科 博士課程修了 博士(工学)。
ダイキン工業株式会社テクノロジー?イノベーションセンターで数々の技術開発を手掛けた後、2023年4月より現職。
数々の表彰?受賞歴を誇り、特許出願数は50件を超える。